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さだまさしさんの小説が映画となり、広く知られるようになった長崎の夏の「精霊流し」。初盆を迎えた親族が亡くなった人の魂を精霊船にのせて、西方浄土に送るという伝統行事だが、当地では祭りのようなにぎわいをみせる。
佐世保も規模こそ小さいけれど、8月15日の夜はバクチクの爆音と船をかついだ人の波、露店が軒を連ねてまるで縁日のようになる。
核家族化がすすみ、地方でも近所づきあいが減る中、わたしの育った町では、今も町内でひとつの精霊船を出す。ひと船作るにはお金と担ぎ手が必要で、個人で準備するとなると、かなりの負担となるところを皆で支えあう。昨年、県内で造られた船の数は約3500台。その数が多いのか少ないのかはわからないけれど、船は花火のように、一夜でその役目を終える。
わが町の小さな精霊船には、各家々から持ち込まれた「こも」(盆のお供え物をわらで包んだもの)が積まれ、初盆の家に立ち寄って、町内を一巡する。やがて担ぎ手の男たちはバンバンと火花散る中、船が一堂に集結する中心部の公園へと運んでい
く。
汗だくになって帰ってきた男たちを、近所のおばちゃんたちが冷えたビールと手作り料理でねぎらう。子どもたちは大皿料理を運んだり、お酌をしたりで大忙し。
和気あいあいとした酒の宴、語られるのは亡くなった人のなつかしい思い出話。人恋しいような、もの哀しいような、それでいてどこか心がぽっとあたたかくなるような、そんな子どもの頃の時間を思い出す。
佐世保にはもうひとつ、「灯籠流し」という幻想的なお盆の行事がある。小さな灯籠船をアルバカーキ橋のたもとから佐世保川に流すのだが、その光景はまるでホタルが飛んでいるようで、見る人を静かな祈りに誘う。
静と動の祈りに包まれる佐世保のお盆の夜、人は何を想うのだろうか。
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| 文 荒岡 弥生 |
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