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2000年秋号

松浦丹後守 親(まつうらたんごのかみ ちかし)「その弐」

 種子島に中国の貿易商人『王直』の持船が漂着し、乗っていたポルトガル人によって鉄砲が初めてわが国に伝えられたのは、天文十二年(一五四三)のことです。のちに王直は平戸に居をかまえて南蛮貿易を行ったので、鉄砲はいち早く平戸に伝わりました。平戸松浦氏は、次第に力をつけていきます。

 永禄二年(一五五九)後ろ盾と頼む少弐氏が竜造寺氏に攻められ滅亡すると、丹後守親は、少弐氏からの養子『鎮』を幽閉し、有馬氏を頼ることになります。当時有馬氏は高来・彼杵・杵島・藤津の四郡を治める大名でした。  丹後守親は、永禄三年、一人娘に有馬晴純の五男『盛』を養子として迎えております。キリシタン大名として有名な大村純忠は実兄です。

 有馬氏が竜造寺氏と戦って敗れた永禄六年(一五六三)平戸松浦氏が再び相神浦に攻めてきます。『相神浦二年の役』といわれる戦いです。松浦丹後守が頼りにしていた有馬の援助はありませんでした。

 鉄砲を用いた壮絶な戦いでしたが飯盛城の守りは堅く、武力で城が落ちないため、敵は兵糧攻めにします。青田を刈り取り、作物を荒らし、乱暴をはたらき領民を苦しめました。この様子を見て、丹後守は、和睦を決意することになります。  盛を有馬に返し、平戸の松浦隆信の三男『九郎』を養子にし、自身の名乗り『丹後守親』を九郎に譲って自身は隠居し、『宗金』と名乗っております。

 『九郎親』は宗家松浦の十七代当主として治世を行っておりましたが、天正二年(一五七四)家来と差し違えて死亡する事件が起こりました。九郎親の後を継ぐ子の『定』はわずか四歳。家中の不安はいい知れないものがあったと考えられます。

 宗金は、大宮姫神社の遷宮を行い、仏像・神像を各所に奉納して孫『定』の安泰、世の平穏を祈っております。  宗金の卒去は天正五年九月二十三日、歳は八十歳でした。その六日前に妻『多美野』が卒去しております。立派な造りの二人の墓を新田町の『竹林寺』の旧跡に見ることができます。

■記  澤 正明  ■上部写真 愛宕山より見る「相浦谷」 松浦丹後守親の領地の中心地であった。

 


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