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ヒガンバナ科には皆さんおなじみの花が多いと思います。夏の海岸に咲くハマユウ、冬から春にかけて咲くスイセン、多良岳に咲くオオキツネノカミソリなども同じ仲間です。
かつて、ヒガンバナは彼岸の頃になると、水田の畦が赤く変わる程たくさん見かけたものですが、近年は水田の基盤整備が進み、以前のような風景はなかなか見ることができなくなりました。
もともと日本の植物ではなく、今から四〇〇〇年程昔中国から稲作農業と一緒に、稲が不作のときの救荒植物として持ち込まれたものと考えられています。
ところが球根にはアルカロイド性の毒、リコンを含んでいるため、水で十分に晒さなければ球根に含まれる澱粉は食べることができません。水の多い日本では晒すことに抵抗がなかったのでしょう。
いっぽう中毒の例も多かったのか、シビレバナ・シタマガリという名前もあるほどです。しかし、救荒植物としてのヒガンバナは江戸時代初期のサツマイモの渡来でその役目も終わってしまいました。
名前といえばこの花ほど別名の多い植物はなく、なんと四一七 の名前があるそうです。マンジュシャゲ・シビトバナ・ソウシキバナなど…。
日本のヒガンバナは種子ができず球根で増えます。染色体の数が3倍体(奇数)のためです。染色体が奇数だと対でない余りが1個できてしまい、受精がスムーズにおこなわれないのです。
ところが原産地に生育するシナヒガンバナは2倍体の染色体を持ち種子ができます。日本に渡来したヒガンバナがどうして2倍体から3倍体に変わったのか、生物学的に不思議な植物です。
このようなことを頭に入れてヒガンバナの花を見ると違った見方ができます。
ちょっと前の彼岸の風景をすっかり忘れている私たちですが、お墓参りのついでに昔の面影を残している田園風景を探すのも楽しいのではないでしょうか。 (撮影地/牧の地町)
●写真と文
川内野 善治
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