映画『国宝』美術監督・種田陽平さんが約20年ぶりに佐世保へ!
映画『国宝』の美術監督・種田陽平さんが約20年ぶりに佐世保を訪れ、映画『69 sixty nine』のロケ地である「させぼ立神近代化歴史公園」の煉瓦倉庫にて特別トークセッションが開催されました。まち歩きや仲間との再会を通して、美術監督ならではのまなざしで見つめた佐世保の魅力と未来をお届けします。
種田 陽平(たねだ・ようへい)美術監督プロフィール
日本映画界を代表する美術監督。映画『69 sixty nine』で佐世保ロケを手がける。映画『国宝』において、毎日映画コンクール美術賞や日本アカデミー賞最優秀美術賞など数々の賞を受賞。国内外の映画、展覧会、舞台美術など幅広く活躍中。
映画『国宝』美術監督・種田陽平さんが約20年ぶりに佐世保へ!
今回、約20年ぶりに佐世保の地を踏んだ種田さん。トークイベント前日から当日の午前中にかけて、懐かしい記憶を確かめるように街をじっくりと散策されました。
街の記憶をたどり、懐かしい笑顔と再会する――約20年ぶりの佐世保歩きと同窓会
「世界の中で、自分が何度も戻りたいと思う場所がいくつかあるんですが、佐世保はそのうちの一つなんです。」
そう語る種田陽平さんが佐世保を初めて訪れたのは、映画美術のチーフアシスタント時代だった1990年のこと。オープンセット設営のために1ヶ月間滞在したのが最初の出会いでした。その後、2003年から2004年にかけて映画『69 sixty nine』(李相日監督、村上龍原作)で美術監督を務めました。
老舗洋食店「蜂の家」で名物の海軍ビーフシチューを味わい、日本一長い直線アーケード「さるくシティ4○3」へ。通りでは、開催を間近に控えた「YOSAKOIさせぼ祭り」のプレイベントが行われており、踊り子たちがアーケードを力強く踊り歩く姿に佐世保の活気を感じたようでした。
トークイベントの日の朝は、喫茶「ブラック」で珈琲を片手にひと息。撮影当時の思い出が次々と口をついて出ます。
当時、李相日監督はまだ29歳、主演の妻夫木聡さんも10代。現場はとにかく若い熱気に満ちあふれていました。撮影が終わるたび、李監督が役者やスタッフを引き連れて毎日のように向かったのが、老舗焼肉店の「食道園」だったそうです。
「お気に入りの特上肉があってね、それがなくなるまで食べ尽くすんです。みんな若いからものすごい勢いで食べる。毎回監督が何十万も払って、ギャラが全部焼肉に消えて1円も残らないくらいでした(笑)。そのあと、キャンペーンで久しぶりに佐世保に来たら食堂園がすっかり新しく綺麗になっていて、『あれは絶対、俺たちが食べまくったおかげだよね』なんて役者たちと笑い合ったものです。」
焼肉を食べたあとは、そのまま外国人バーのエリアへ繰り出すのがお決まりのコースでした。当時はホテルのそばにあった外国人バーに2〜3日に一度は通い、劇中のバー「BLACKROSE」の参考にするため、さまざまなお店を巡っていたといいます。
「そこで知り合った外国人と仲良くなって、『今日は来ないのか』と声をかけられたり、面白いバーに連れて行ってもらったりしましたね。映画にあふれる突き抜けた勢いやポップな熱量は、佐世保の夜の猥雑さや街のパワーそのものから生まれたんです。」
さらに街を一緒に散策していると「あそこに、しぶーい喫茶店があったよね。くにまつっていったかな。」とふと足を止め、スタッフを驚かせる場面も。「歩いているとだんだん記憶がよみがえってくるし、思い出すもんだね」と、種田さん。
さらに、旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館へも足を伸ばしました。館内に展示されていた日本遺産の紹介パネルを見つめながら、「ここはまだ行っていないな。」と写真に見入る種田さん。さらには建物の建築美や細やかな意匠に強い興味を引かれた様子で、熱心にごスマートフォンで写真に収めていました。
そしてお昼前、佐世保バーガー認定店「ログキット」にて、心温まる「『69 sixty nine』佐世保ロケ同窓会」が開かれました。迎えてくれたのは、映画の撮影で実際に使われた「アダチバーガー」の懐かしい看板。
当時撮影を支えた地元の方々が集まり、「お久しぶりです!」とあちこちで笑顔が咲きます。種田さんがバーガーの食べ方を手ほどきする微笑ましい姿も見られ、年月の隔たりが一瞬で溶けていくような温かな再会の時間となりました。
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